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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)9209号 判決

原告 遠藤紀士雄 外四名

被告 安藤勇

主文

別紙目録記載の各土地につき原告等は各自別紙一覧表記載のとおり通行地役権を有することを確認する。

被告は原告等に対し右土地上を通行することを妨害してはならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告等の申立及び主張

1  別紙目録記載の各土地につき原告等が通行権を有することを確認する。

2  被告は原告等に対し右土地上を通行することを妨げてはならない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の原因)

一、訴外昭和土地株式会社(以下昭和土地と呼ぶ)は別紙目録記載各土地(合計五三坪六合八勺、以下本件土地と総称する)を含む分筆前同番地の二、宅地五九三坪八勺(以下分筆前土地と呼ぶ)を所有していたが別紙図面(3) ないし(7) 表示の部分を次のとおり原告等に分割し売り渡した。(ただし、原告遠藤は当初訴外山田鶴雄名義で買い受けた。)

別紙図面表示番号 分筆後の地番、坪数 買受けた原告 契約成立年月日

(3)  一四一八番地の三一〇〇坪三合八勺 遠藤紀士雄 昭和32年10月26日頃

(4)  一四一八番地の四一三六坪九合七勺 中曽根康弘 〃 32・12・19〃

(5)  一四一八番地の五一一二坪五勺   久松益蔵  〃 32・12・9〃

(6)  一四一八番地の六一〇〇坪     松尾勝央  〃 33・3・13〃

(7)  一四一八番地の七九〇坪      田島一郎  〃 33・1・17〃

二、昭和土地は前項のとおり分筆前土地を宅地として分譲するに際し、建築基準法第四二条一項五号、第四三条により公道に至る通路を要するので、別紙図面表示(1) 、(2) の部分(本件土地は(2) の部分に該当する)を道路にあてることとし右部分につき昭和三二年八月二〇日所管庁である東京都に対し道路位置指定の申請をし、同年一〇月二八日同都指定第一、三一三号をもつてその指定を得、同年一一月二八日同都告示第一、二〇七号をもつてその旨告示された。

本件土地はそれ以後道路として一般公衆の交通の用に供されてきたものである。

三、昭和土地の右の道路位置指定申請は、原告等が分筆前土地を前記一のとおり買い受ける結果別紙図面(1) 及び(2) の部分が残るので、原告等がそのうち(1) の部分を買い取るかわりに(2) の部分(本件土地)は原告等が永久に無償で通行できるようにするとの通行地役権設定の契約が昭和土地と原告等との間に成立していたので、その履行としてなされたものである。(なお本件土地は分筆前土地を分譲した売れ残りであり、原告等の買い受けた土地はいずれも右(1) 及び(2) の部分を道路として使用しなければ他に公道へ通じる道路はない。)

四、その後本件土地は昭和三六年二月一四日付売買で昭和土地から訴外廿野ヨシエに、同年五月二三日付売買によりさらに被告へ譲渡された旨の登記がなされているから被告はその所有者となると同時に前項の契約に基く昭和土地の義務もしくは地位を承継したものと解すべきである。

しかるに被告は本件土地の所有者であることを主張し、同土地上に建物を建築し又は柵等を設置しようとし、原告等の通行を妨害する気配を示している。

五、仮に被告に前述の契約上の義務もしくは地位の承継が認められないとしても、本件土地について前述のような道路位置の指定処分がなされた後は本件土地の所有権は建築基準法等の法令の定める制限内においてのみ使用収益処分をなし得るにすぎないものとなるわけであるから、建築基準法第四五条、刑法第一二四条、道路交通法等の諸規定に明らかなとおりたとえ被告が所有権を有していても原告等を含む一般の交通を妨げる態様で本件土地を使用収益することは許されないものである。従つてこれによつても原告等は本件土地を通行する権利があり、反面被告は原告等の通行を妨害し得ないものである。

六、仮に以上の主張が理由ないとすれば(第三次的に)原告等は囲繞地通行権を主張する。

すなわち原告等が買い受けた各土地はその分筆前、北隣は高台であるため土止め擁壁によりさえぎられ、西及び西南は谷底まで十数米の断崖をなし、南及び東隣は二ないし四米の低地となつているため同様に崖となりいずれも他人の所有地に囲繞されており地形上も本件土地以外に公路に通ずる土地はなく、しかも前述のように昭和土地が所有していた当時前記一のような分筆譲渡をした結果囲繞地の状態を生ずるに至つたものであるから原告等は民法第二一三条により分割者である昭和土地の所有する本件土地を通行する権利がある。(建築基準法の最低基準から推して斯る囲繞地通行権の範囲は本件土地全部に及ぶものと考える。)それゆえ本件土地の承継取得者である被告も原告等の通行権の行使を妨害してはならない義務があるにもかかわらず前記四のとおり通行を妨害せんとしている。

七、被告は原告等の通行権を否認し、前述のように本件土地の通行を妨害する所為に出ようとしているので原告等は第一次的に契約上の義務の承継を理由として、第二次的には建築基準法等の法規上の制限の効果として、第三次的には民法上の囲饒地通行権として、被告に対し本件各土地の通行権の確認及びこれに基き妨害の予防を請求する。

第二、被告の申立及び主張

(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告等の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告等の負担とする。

(請求の原因に対する答弁)

一、認否

請求原因第一項のうち原告等が所有権を取得した日時は不知その余の事実は認める、同第二項のうち本件土地が一般公衆の交通の用に供されていることは否認しその余の事実は不知、同第三項のうち公道への通路がないことは否認しその余の事実は不知、同第四項の被告が所有者であり本件土地を自己のため使用しようとしていることは認める、同第五項の主張は争う、同第六項の原告等の所有地を囲む地形は認めるが高低の尺度は不知。

二、原告等は被告が本件土地を買い受けた後にコンクリートを打ち並木を植えこれを通路としたのであつて被告が買い受けた時は宅地のままであつた。なお被告は買受前には本件土地の状況を見ていない。

三、仮に原告等と昭和土地もしくは廿野ヨシエとの間に通行権設定契約があつたとしても通行地役権の登記がない以上これを被告に対抗できない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、本件土地を含む分筆前土地(一四一八番地二、宅地五九三坪八勺)はもと昭和土地の所有であつたところ原告等は別紙図面(3) ないし(7) の部分を、被告は本件土地をそれぞれ所有するに至つたこと、原告等の右所有地を囲む地形は高低の尺度の点を除き原告等主張のとおりであることはいずれも争いがなく、成立に争いない甲第三ないし第七号証、証人佐野日出男の証言の一部及び弁論の全趣旨を総合すれば原告等の右土地の所有権取得の経過は請求原因一主張のとおりであること、また成立に争いない甲第二号証、証人立野包吉、同廿野徳重の各証言及び弁論の全趣旨を総合すれば原告等が請求原因二で主張するほぼその頃昭和土地は本件土地及び別紙図面(1) の土地につき道路位置指定の申請をし同項主張のとおり指定がありその旨公示を経ていることがそれぞれ認定でき、これに反する証拠はない。

二、(通行地役権設定契約の存否)

前顕甲第二ないし第七号証、成立に争いない甲第一号証、第九号証、第一一号証、証人立野包吉、同佐野日出男(その一部)の各証言と弁論の全趣旨を総合すると、昭和土地は昭和三二年五月一日設立登記され、同月一五日分筆前土地(当時の現況は山林)を分譲宅地とする計画で購入し整地を行つた結果、別紙図面(3) ないし(7) の部分は前項説示のとおりの地形となり(すなわち北は土止擁壁により一段高く、西、南西、南東、東はいずれも崖となつて一段低く)公道へ接する部分がないので別紙図面(1) 及び(2) の部分に公道への通路を開設しなければ宅地として分譲できなくなつたのみならず、建築基準法第四三条一項本文の制約があるため公道へ通じる道路を開設しなければ分譲地に建築許可が下りない地形となつたので、昭和土地は分譲の実施に先立ち前項説示のとおり別紙図面(1) 及び(2) 部分につき建築基準法第四二条一項五号、同法施行規則第九条、東京都建築基準法施行細則第一六条一項に従い東京都知事に対し道路位置としての指定を申請しこの部分を除いた分筆前土地を五区劃に分筆登記(昭和三二年一〇月一七日)した後、分譲の取引を行い原告等五名が前項説示のとおり一区劃宛買受けたものであるが、その結果(1) 及び(3) ないし(7) の部分は分割による袋地ともなり(2) の本件土地のみが公道へ接する土地となつたこと、当時昭和土地の企画部長として分譲事務を担当した訴外立野包吉は原告等買主に対し別紙図面(1) 、(2) の部分は前述のとおり分譲地から公道へ通じる道路として使用できるようにしておかなければならないので東京都へ所定の手続をとつているが本来ならば右道路敷は全部分譲地の買主で共同して買取つてもらいたいところだが買主の負担も考慮して(1) の部分のみ買取つてもらえば(2) の本件土地は将来も道路として使用できるように分譲地の買主が確定次第無償で各買主に分割譲渡する旨を申し入れたので、原告等はこれを了承し順次(3) ないし(7) の分譲地を一区劃宛買受け、被告が本件土地の所有権取得登記を経由する時には(5) 及び(7) の部分を除き建物を建築、本件土地を通行していたこと、(建物の点は被告本人尋問の結果により認める)昭和土地はその後も本件土地の所有権移転登記手続を失念し放置していたけれども同土地はすでに分譲の際処分済であるものと考えていたところ本件土地に対する課税があつてはじめて自社名義のままであることを知り昭和土地の代表者佐野日出男は原告等に対し「気持だけのこと」をしてくれれば移転登記をすると話を持ちかけたが原告等が出捐を承知しないので、昭和三六年二月一五日昭和土地の解散決議があつたのを機会に同月一七日本件土地を五筆に分割しいずれも自社の役員の一人である訴外廿野徳重の妻ヨシエ名義に売買を原因とする所有権移転登記をしたこと(しかしながら実際には斯る売買はなく昭和土地の解散決議に伴う便宜的な信託的措置であつたものと推認される)がそれぞれ認定でき当裁判所の措信しない証人佐野日出男の供述の一部を除き右認定に反する証拠はない。そうすると昭和土地は分筆前土地の分譲に際し原告等に対し、個別に道路敷となる部分のうち(1) の部分を原告等が買取るかわりに(2) の本件土地を原告等五名に無償で譲り渡すことを約したけれども、分譲が完了し買主が確定したうえで昭和土地の裁量で本件土地を原告等に分割譲渡しもしくは共有させる形式で譲渡しなければならなかつたので、譲渡の手続ができるまで本件土地を道路として無償で使用することを、個別に、遅くとも各土地売渡登記の際に許諾したものと認めるのが相当である。そこでこのような当事者間の合意(許諾)に基いて原告等が本件につき取得した権利の性質を考えるに右合意には「使用収益の終了後は土地を返還する」旨の約束は包含される余地がないから民法第五九三条に照らせばこれを使用貸借と解すべきではなく、むしろ昭和土地は土地の分譲者として民法第二一三条二項により原告等の通行権(斯る通行権は所有権の拡張として物権的性質を有する)を容認すべき立場にあつたことを考慮すれば法律的には一種の地役権設定の合意と解して妨げないものというベくこの結論を左右する証拠はない。

三、(地役権の対抗力)

被告は右のとおりの地役権設定の合意があつてもその登記を欠くからこれを被告に対抗できないと主張するけれども、前示のとおり本件土地は別紙図面(1) の部分と共に建築基準法第四三条一項本文の要件を満すため同法第四二条一項五号、同法施行規則第九条、第一〇条、東京都同法施行細則第一六条一項に則りその「特定行政庁」である東京都知事から道路位置として指定された土地であるから、たとえ道路敷の所有者であつても勝手に道路としての使用を廃止することは許されず、廃止のためには東京都建築基準法施行細則第一六条第三項により道路位置指定の申請の場合と同様の手続により廃止の申請、手続を要し、しかも廃止申請が前述の建築基準法第四三条一項の規定に抵触する場合等には同法第四五条一項により廃止を禁止し又は制限することができるものとされ、これに違反した場合には同法第九条により違反建築物を除却することも許容されていることを考慮すれば、道路位置の指定の結果本件土地の所有権の行使はその限りで法令上の制限を受けるに至つたものと云うべく、斯る私権の制限は道路位置の廃止がなされない限りその後の土地所有者にも当然及ぶものであるから、被告はこのような道路として公共の用に供するという負担のついたまま本件土地の所有権を取得したものであることは明らかであり、そうすれば被告は原告等の通行地役権につき対抗要件が欠けていることを主張する正当な利益を有する第三者に該当しないものと解するのが相当である。

四、(結論)

以上のとおりであるから承役地の取得者である被告に対する原告等の通行地役権の主張はその第一次的請求原因においてすでに理由がある(なお前示の如く原告等は民法第二一三条にいう分割に因る袋地の所有者となつた者と同視されるから同条による通行権の主張も肯認できるけれどもこれによる通路の幅員は前段認定の場合と必ずしも同一でないから原告等において順位を附して裁判所の判断を求める利益があるものと考えられるので先ずその第一次的請求原因により判断するものである)ところ被告が右通行権を否認していることは弁論の全趣旨に徴し明白であり、本件土地を自己の用に供さんとしつつあることは被告の自認するところであるから通行地役権の確認及びこれに基き妨害の予防を求める利益はいずれも肯認すべきものである。

よつて原告等の第一次的請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 滝田薫 山本和敏)

別紙 一覧表

通行地役権者 同地役権設定契約年月日 設定者

原告 遠藤紀士雄 昭和32年10月26日 昭和土地株式会社

〃  中曽根康弘   32・12・19   〃

〃  久松益蔵    32・12・9   〃

〃  松尾勝央    33・3・13   〃

〃  田島一郎    33・1・17   〃

目録

第一 東京都豊島区高田本町一丁目一、四一八番 二 一宅地 一二坪 七勺

第二 東京都豊島区高田本町一丁目一、四一八番 八 一宅地 一〇坪九合五勺

第三 東京都豊島区高田本町一丁目一、四一八番 九 一宅地 一〇坪六合

第四 東京都豊島区高田本町一丁目一、四一八番一〇 一宅地 一〇坪二合二勺

第五 東京都豊島区高田本町一丁目一、四一八番一一 一宅地  九坪八合四勺

の後記略図斜線を以て囲む部分の道路五三坪六合八勺。

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